福岡県の柳川で、酒づくりの家に生まれた。
東京に出て早稲田で学んだが、のちにやめた。
与謝野鉄幹の新詩社に加わり、『明星』に詩を発表した。
詩集『邪宗門』を出し、注目された。
故郷の柳川を思う詩集『思ひ出』を出した。
雑誌『赤い鳥』で童謡を発表し始め、多くの名作を残した。
『からたちの花』をつくった。のちに『この道』など、山田耕筰の曲で多くの歌が生まれた。
目の病気で視力が弱くなったが、作品を書き続けた。
東京で亡くなった。
鈴木三重吉斎藤茂吉志賀直哉竹久夢二武者小路実篤大杉栄平塚らいてう松井須磨子
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。