石川県の宇ノ気村(かほく市)で、庄屋の家に生まれた。
帝国大学で哲学を学んだ。
このころ、友人の鈴木大拙の影響もあり、禅の修行に打ちこんだ。
金沢の第四高等学校の教授となった。
京都帝国大学で教えるようになった。
『善の研究』を出し、日本独自の哲学をつくり上げた。
大学を退き、鎌倉などで研究を続けた。散歩した京都の道は「哲学の道」とよばれる。
文化勲章を受けた。
鎌倉で亡くなった。
加藤友三郎牧野富太郎長岡半太郎南方熊楠本多光太郎島村抱月堺利彦泉鏡花
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。