土佐の佐川(高知県)で、酒づくりをする裕福な家に生まれた。
小学校を途中でやめ、ひとりで植物の研究にうちこんだ。
東京に出て、東京大学の植物学教室に出入りして研究することを許された。
自分でえがいた図を使った植物の本を出し始めた。
新しい植物にヤマトグサと学名をつけて発表した。日本で日本人が学名をつけた初めての例の一つとされる。
東京帝国大学の講師となった。生涯に1500種以上の植物に名前をつけた。
研究が認められ、理学博士となった。
支えてくれた妻の寿衛が亡くなり、新しく見つけた笹に「スエコザサ」と名づけた。
『牧野日本植物図鑑』を出した。今も使われる図鑑となった。
東京で亡くなった。
原敬尾崎行雄加藤高明加藤友三郎長岡半太郎南方熊楠西田幾多郎本多光太郎
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。