何をした人?
明治・大正の実業家で、「日本資本主義の父」と呼ばれます。武蔵国の農家に生まれ、一橋家に仕えたのち、1867年のパリ万国博覧会に同行してヨーロッパを見ました。大蔵省を経て第一国立銀行をつくり、約500の企業や約600の社会事業に関わったとされます。2024年から発行の新一万円札の肖像です。
| 名前 | 渋沢栄一 |
|---|---|
| 生没年 | 1840年(天保11年) – 1931年(昭和6年) |
| 時代 | 江戸末〜昭和時代 |
| 出身地 | 武蔵国血洗島村(現在の埼玉県深谷市) |
| 別名 | 渋沢篤太夫、青淵 |
| 主な業績 |
|
武蔵の血洗島村(埼玉県深谷市)の農家に生まれた。家は藍玉づくりや養蚕も行っていた。
仲間と高崎城を乗っ取る攘夷の計画を立てたが、思いとどまった。
一橋慶喜に仕える家臣となり、財政などで力を発揮した。
徳川昭武に従ってパリ万国博覧会に行き、ヨーロッパの銀行や株式会社のしくみを学んだ。
静岡で商業の組織をつくったあと、新政府に招かれ、お金や税のしくみづくりにかかわった。
政府をやめ、日本で最初の銀行である第一国立銀行をつくった。
このころ、製紙、ガス、鉄道、紡績など、生涯に約500の会社の設立にかかわった。「日本資本主義の父」とよばれる。
貧しい人を助ける養育院の運営など、社会のための事業にも力をつくした。
実業界から引退した。道徳と経済を両立させる考えを説いた『論語と算盤』を出した。
東京で亡くなった。
A. 明治・大正の実業家で、「日本資本主義の父」と呼ばれます。武蔵国の農家に生まれ、一橋家に仕えたのち、1867年のパリ万国博覧会に同行してヨーロッパを見ました。大蔵省を経て第一国立銀行をつくり、約500の企業や約600の社会事業に関わったとされます。2024年から発行の新一万円札の肖像です。
A. 江戸末〜昭和時代の人物です。1840年(天保11年)に生まれ、1931年(昭和6年)に亡くなりました。
A. 渋沢栄一は武蔵国血洗島村(現在の埼玉県深谷市)の生まれです。
A. 銀行や株式会社のしくみを日本に広め、多くの企業や病院・学校の設立に関わって近代日本の経済の土台を築いたためです。2024年7月から、福沢諭吉に代わる新しい一万円札の肖像になりました。
参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata
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