薩摩藩の一門・今和泉島津家の娘として生まれた。
藩主の島津斉彬の養女となり、江戸へ向かった。
公家の近衛家の養女となったうえで、十三代将軍・徳川家定の妻となった。
夫の家定が亡くなり、出家して天璋院と名のった。
十四代将軍・家茂の妻として皇女の和宮を迎えた。はじめは対立もあったが、のちに心を通わせたと伝わる。
新政府軍が江戸にせまると、薩摩の出身でありながら徳川家に残り、家の存続を新政府側に願った。江戸城は戦わずに明けわたされた。
このころ、東京で徳川家をついだ幼い徳川家達を育て、生活を支えた。
東京で亡くなった。
橋本左内土方歳三小松帯刀(清廉)坂本龍馬松平容保山岡鉄舟徳川慶喜中岡慎太郎
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。