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坂本龍馬

土佐藩出身の志士
時代:江戸時代末(幕末) / 1836年〜1867年(31歳ほど)

何をした人?
幕末の土佐藩出身の志士です。江戸で剣術を学び、土佐藩を脱藩したのち勝海舟の弟子となりました。長崎で亀山社中(のちの海援隊)を作り、1866年には対立していた薩摩藩と長州藩の同盟(薩長同盟)の仲立ちをしました。大政奉還の実現にも関わりましたが、1867年に京都の近江屋で暗殺されました。

プロフィール

名前坂本龍馬
生没年1836年(天保6年) – 1867年(慶応3年)
時代江戸時代末(幕末)
出身地土佐国高知城下(現在の高知県高知市)
別名才谷梅太郎、坂本直柔
主な業績
  • 亀山社中(のちの海援隊)を作る
  • 薩長同盟の仲立ち(1866年)
  • 「船中八策」をまとめたと伝わる
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歩んだ道

1836年

誕生

土佐(高知県)の郷士・坂本家の次男として生まれた。幼いころは泣き虫だったが、姉の乙女にきたえられたと伝わる。

1853年

江戸で剣術修行

江戸の千葉道場で剣術を学んだ。この年ペリーの黒船が来航し、龍馬は品川の警備に加わった。

1861年

土佐勤王党

武市半平太がつくった土佐勤王党に加わった。天皇を尊び外国を打ち払おうとする尊王攘夷の考えに共感した。

1862年

脱藩と勝海舟

藩を無断でぬけ出し(脱藩)、江戸で幕臣の勝海舟に弟子入りした。会って世界の話を聞き、考えが大きく変わったと伝わる。

1864年

神戸海軍操練所

勝海舟がつくった神戸海軍操練所で、航海術などを学び、海軍づくりを手伝った。

1865年

亀山社中

長崎で、仲間とともに貿易と海運の会社・亀山社中をつくった。のちの海援隊のもととなった。

1866年

薩長同盟

対立していた薩摩藩と長州藩の間を取りもち、薩長同盟を結ばせた。直後に京都の寺田屋で幕府の役人におそわれたが、のちに妻となるお龍の知らせで助かった。

1866年

霧島への旅

傷をいやすため、お龍とともに薩摩の霧島などをめぐった。日本で最初の新婚旅行ともいわれる。

1867年

船中八策と大政奉還

海援隊の隊長となった。新しい国の形を示した「船中八策」をまとめたとされ、これが土佐藩を通じて大政奉還につながった。

1867年

最期

京都の近江屋で、中岡慎太郎とともに何者かにおそわれ、命を落とした。31歳だった。

この時代に起きたこと

よくある質問

Q. 坂本龍馬は何をした人ですか?

A. 幕末の土佐藩出身の志士です。江戸で剣術を学び、土佐藩を脱藩したのち勝海舟の弟子となりました。長崎で亀山社中(のちの海援隊)を作り、1866年には対立していた薩摩藩と長州藩の同盟(薩長同盟)の仲立ちをしました。大政奉還の実現にも関わりましたが、1867年に京都の近江屋で暗殺されました。

Q. 坂本龍馬はいつの時代の人ですか?

A. 江戸時代末(幕末)の人物です。1836年(天保6年)に生まれ、1867年(慶応3年)に亡くなりました。

Q. 坂本龍馬の出身地はどこですか?

A. 坂本龍馬は土佐国高知城下(現在の高知県高知市)の生まれです。

Q. 薩長同盟とは何ですか?

A. 1866年、それまで対立していた薩摩藩と長州藩が、幕府に対抗するために結んだ協力の約束です。京都で西郷隆盛・小松帯刀と木戸孝允が会談し、坂本龍馬が仲立ちをしました。

参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata

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