越前の福井藩(福井市)で、藩の医者の家に生まれた。
少年のうちに、自分の心がまえを書いた『啓発録』を著した。子どもっぽい心を捨てることなどを説いた。
大坂の緒方洪庵の適塾で、蘭学と医学を学んだ。
父が亡くなり、福井にもどって藩の医者となった。
江戸に出て学び、西郷隆盛や藤田東湖らと交わった。
藩校の明道館の責任者となり、藩主の松平春嶽の側近として活躍した。
次の将軍に一橋慶喜をたてるため、京都で公家たちに働きかけた。しかし大老の井伊直弼によって捕らえられた。
安政の大獄で処刑され、若くして命を落とした。
武市半平太(瑞山)吉田松陰清河八郎近藤勇土方歳三小松帯刀(清廉)坂本龍馬篤姫(天璋院)
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。