江戸の薩摩藩の屋敷で、藩主・島津斉興の長男として生まれた。曽祖父の重豪の影響で、西洋の学問に強い関心をもった。
父がなかなか藩主の座をゆずらず、跡継ぎをめぐる争いが起こった(お由羅騒動)。
ようやく薩摩藩主となった。
鹿児島に反射炉や溶鉱炉、ガラス工場などをつくり、近代的な工業をおこした(集成館事業)。薩摩切子もこのころ生まれた。
身分の低い西郷隆盛の才能を見いだし、そば近くに仕えさせて育てた。
養女の篤姫を、将軍の徳川家定のもとへ嫁がせた。
次の将軍に一橋慶喜をおし、兵を率いて京都へ向かう準備をしていたが、鹿児島で急な病で亡くなった。
西郷隆盛島津久光山内容堂(豊信)小松帯刀(清廉)篤姫(天璋院)寺島宗則松方正義西郷従道
川路聖謨高野長英ハリス藤田東湖横井小楠緒方洪庵堀田正睦佐久間象山
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。