伊勢の白子(三重県鈴鹿市)で生まれた。
船頭として神昌丸で江戸へ向かう途中、嵐にあって長い漂流が始まった。
アリューシャン列島のアムチトカ島に流れついた。仲間の多くが寒さや病で命を落とした。
シベリアのイルクーツクで、学者のキリル・ラクスマンに助けられた。
ロシアの都サンクトペテルブルクで女帝エカチェリーナ2世に会い、帰国を願って許された。
ロシアの使節ラクスマンの船で、北海道の根室に帰ってきた。
江戸で将軍家斉の前で話を聞かれた。その話は桂川甫周によって『北槎聞略』にまとめられた。
江戸で暮らしていたが、許されて一時、故郷の伊勢に帰った。
江戸で亡くなった。
塙保己一司馬江漢蔦屋重三郎上杉鷹山喜多川歌麿最上徳内大槻玄沢良寛
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。