武蔵の保木野村(埼玉県本庄市)の農家に生まれた。
幼いころに病気で目が見えなくなった。人が読んでくれる話を一度聞くと覚えてしまうほど、記憶力にすぐれていた。
江戸に出て、盲人の組織に入り、按摩や鍼を学んだ。しかし上手にならず、学問をしたいと師に願い出て許された。
人に本を読んでもらいながら学び、国学者の賀茂真淵に入門した。
全国にちらばる貴重な古い書物を集めて出版する『群書類従』の仕事を始めることを決意した。
盲人の最高の位である検校となった。
幕府の助けを得て、日本の歴史や文学を研究する和学講談所を開いた。
41年かけて『群書類従』正編530巻を完成させた。版木は今も残り、大切に保存されている。
盲人の組織の最高位・総検校となり、その年に亡くなった。
円山応挙上田秋成林子平伊能忠敬司馬江漢蔦屋重三郎上杉鷹山大黒屋光太夫
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。