日本史人生シミュレーター

大槻玄沢

蘭学者・医者
時代:江戸時代 / 1757年〜1827年(70歳ほど)
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歩んだ道

1757年

誕生

陸奥の一関(岩手県)で、一関藩の医者・大槻玄梁の子として生まれた。医者の家に育ち、幼いころから学問に親しんだ。

1769年

建部清庵に学ぶ

地元一関の名医・建部清庵に入門し、医学を学び始めた。清庵はオランダ医学に強い関心を持ち、江戸の杉田玄白と手紙で意見を交わしていた人物で、玄沢もその影響を強く受けた。

1778年

江戸へ

江戸に出て杉田玄白の塾に入り、さらに前野良沢からオランダ語を学んだ。「玄沢」という名は、師である玄白と良沢から一字ずつもらったものと伝わる。

1785年

長崎に学ぶ

長崎へ行き、オランダ語の通訳(オランダ通詞)たちのもとで、オランダ語をさらに深く学んだ。本場で身につけた知識は、のちの研究や教育に大いに役立った。

1786年

芝蘭堂

仙台藩の医者に取り立てられ、江戸に住むことになった。江戸で蘭学の塾「芝蘭堂」を開き、全国から集まった若者たちを教えた。宇田川玄真や稲村三伯らすぐれた弟子が育った。

1788年

蘭学階梯

オランダ語と蘭学の入門書『蘭学階梯』を出版した。初めて学ぶ人にもわかるように書かれ、多くの人が蘭学を学ぶきっかけとなった。

1795年

オランダ正月

西洋の暦の1月1日にあたる日に、芝蘭堂に蘭学者たちを集めて新年を祝う会を開いた。これは「オランダ正月」と呼ばれ、その後も毎年のように続けられた。

1798年

重訂解体新書

師の杉田玄白に頼まれ、『解体新書』の誤りを正して改訂した『重訂解体新書』を完成させた(出版は28年後)。より正確な解剖学の知識を伝えるための大仕事だった。

1807年

環海異聞

ロシアから帰国した仙台の漂流民・津太夫らの話を聞き取り、地図や挿絵入りの記録『環海異聞』をまとめた。世界をひと回りして帰った彼らの話は、ロシアや外国のようすを知る貴重な資料となった。

1811年

蘭書の翻訳

幕府の天文方に置かれた蛮書和解御用で、オランダ語の書物の翻訳にあたった。フランスの百科事典のオランダ語版を訳す『厚生新編』の仕事にもかかわった。

1826年

ついに出版

『重訂解体新書』がついに出版された。この年には、オランダ商館の医師シーボルトが江戸を訪れ、多くの蘭学者がその新しい知識に学ぼうとしていた。

1827年

最期

江戸で亡くなった。芝蘭堂は蘭学を全国に広める中心となり、その学問は子の大槻玄幹や、国語辞典『言海』をつくった孫の大槻文彦にも受けつがれた。

この時代に起きたこと

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関係する人物

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