日本史人生シミュレーター

上杉鷹山

米沢藩主
時代:江戸時代 / 1751年〜1822年(71歳ほど)
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歩んだ道

1751年

誕生

日向の高鍋藩(宮崎県)の藩主・秋月家の次男として、江戸で生まれた。名は治憲。

1760年

上杉家の養子

出羽の米沢藩主・上杉重定の養子となった。学者の細井平洲を師としてむかえ、政治の心がまえを学んだ。

1767年

米沢藩主

藩主となったが、米沢藩は大きな借金をかかえていた。自ら食事を一汁一菜とし、木綿の着物を着て倹約を進めた。

1773年

重臣の反対をおさえる

改革に反対する重臣たちが訴え出たが、きびしく処分して改革を続けた。

1776年

藩校の再興

藩校を「興譲館」として再びおこし、身分に関係なく学べるようにした。

1780年

産業をおこす

このころ、漆・桑・楮などを大量に植えさせ、米沢織などの産業をおこした。

1783年

天明の飢饉

天明の飢饉のとき、米をたくわえていたこともあり、米沢藩では大きな被害を防いだといわれる。

1785年

伝国の辞

藩主を退き、次の藩主に「伝国の辞」を贈った。国や民は藩主のものではない、という考えが書かれている。

1802年

鷹山と名のる

出家して鷹山と名のったが、その後も改革を見守った。「なせば成る」の歌が伝わる。

1822年

最期

米沢で亡くなった。藩を立て直した名君として知られる。

この時代に起きたこと

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