相模の又野村(神奈川県相模原市)で、医者の家に生まれた。
慶應義塾で学んだ。
大隈重信の立憲改進党に加わった。
政府を批判したため、東京から追い出された。欧米を回って学んだ。
第一回の衆議院議員選挙で当選した。その後60年以上、25回も当選を重ねた。
東京市長となった。のちにアメリカのワシントンに桜をおくった。
犬養毅らとともに、憲法にもとづく政治を守る運動の先頭に立った。「憲政の神様」とよばれる。
戦争中の選挙のやり方を批判して裁判にかけられたが、無罪となった。
選挙に落ちて議員を引退し、のちに名誉議員とされた。
亡くなった。「議会政治の父」とよばれる。
寺内正毅高橋是清犬養毅原敬加藤高明加藤友三郎牧野富太郎長岡半太郎
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。