陸奥の盛岡藩(岩手県)の、家老をつとめる家柄の家に生まれた。
東京に出て学んだ。
新聞記者となり、政治について書いた。
外務省に入り、外交官として働いた。
外務省をはなれ、大阪毎日新聞社の社長となった。
伊藤博文がつくった立憲政友会に入った。
内務大臣となった。
立憲政友会の総裁となった。
米騒動のあと首相となり、大臣のほとんどを政党員でかためた本格的な政党内閣をつくった。爵位をもたなかったため「平民宰相」とよばれた。
東京駅で、青年に刺されて命を落とした。
山本権兵衛寺内正毅高橋是清犬養毅尾崎行雄加藤高明加藤友三郎牧野富太郎
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。