伊勢の松阪で、商家・三井家の四男として生まれた。商才のある母・殊法の影響を強く受けたといわれる。
このころ、江戸にある兄の店で働き、商売を学んだ。すぐれた働きぶりで店を大きくした。
母の世話のため松阪にもどり、金貸しなどの商売で資金をたくわえた。江戸で自分の店を開く日を待った。
江戸に呉服店「越後屋」を開き、京都に仕入れの店を置いた。
それまでの呉服屋は、つけで売って後でまとめて代金を受け取るのがふつうだった。越後屋は店頭で、正しい値段で現金で売る「現金掛け値なし」や、布の切り売りを始め、大評判となった。
店を駿河町に移し、両替店も開いた。商売はさらに大きくなった。
幕府の公金を大坂から江戸に送る仕事をまかされ、信用を高めた。
京都で亡くなった。越後屋はのちの三越、両替店はのちの三井銀行のもととなった。
野中兼山河村瑞賢熊沢蕃山天草四郎山鹿素行酒井忠清伊藤仁斎徳川光圀
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。