武蔵の俵瀬村(埼玉県熊谷市)で、名主の家に生まれた。
結婚した夫から病気をうつされて離婚した。男性の医者に診察される苦しさから、女性の医者になろうと決意した。
東京女子師範学校に入り、のちに優秀な成績で卒業した。
男子ばかりの医学の学校に特別に入り、苦労しながら学んだ。
女性に医師の試験を受けることを許すよう何度も願い出て、ついに受験を認められた。
試験に合格し、国に認められた日本初の女性の医者となった。東京の湯島で開業した。
再婚した夫とともに北海道に渡り、開拓地の瀬棚で医者として働いた。
夫が亡くなったあと、東京にもどった。
東京で亡くなった。
乃木希典高木兼寛小泉八雲星亨伊沢修二高村光雲児玉源太郎ジョサイア・コンドル
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。