江戸の下谷で、町人の家に生まれた。
仏像をつくる仏師の高村東雲に弟子入りし、のちに高村家をついだ。
仏教を排する動きで仏像の注文が減り、象牙彫りがはやる中でも、木彫りを守り続けた。
東京美術学校で彫刻を教えることになり、のちに教授となった。
シカゴ万国博覧会に『老猿』を出品した。
東京の上野公園の西郷隆盛像の制作の中心となった。
皇居前の楠木正成像の制作にかかわった。
東京で亡くなった。息子の高村光太郎も彫刻家・詩人として知られる。
小泉八雲星亨荻野吟子伊沢修二児玉源太郎ジョサイア・コンドル北里柴三郎フェノロサ
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。