日本史人生シミュレーター

大塩平八郎

元大坂町奉行所の役人・陽明学者
時代:江戸時代 / 1793年〜1837年(44歳ほど)
この人の一生をたどる(自動再生)

歩んだ道

1793年

誕生

大坂町奉行所の与力(役人)の家に生まれた。

1806年

与力として働く

このころ、見習いとして奉行所で働き始め、のちに与力となった。

1825年

陽明学と洗心洞

このころ、知ることと行うことは一つであるとする陽明学を学び、自宅に私塾「洗心洞」を開いて門人を教えた。

1829年

不正を正す

役人の不正をきびしく取りしまり、正義感の強い名与力として知られた。

1830年

与力をやめる

養子に職をゆずって与力をやめ、学問と教育に打ちこんだ。

1836年

天保の飢饉

天保の飢饉で大坂でも米が足りず、うえ死にする人が出た。大塩は奉行所に救済をうったえたが聞き入れられず、奉行所は米を江戸へ送っていた。

1837年

蔵書を売って救う

自分の大切な蔵書を売り、そのお金を貧しい人々に配った。

1837年

大塩平八郎の乱

門人や農民らとともに兵をあげ、大坂の町で豪商の家などをおそった。乱は半日でしずめられたが、元幕府の役人が起こした反乱として幕府に大きな衝撃をあたえた。

1837年

最期

しばらく大坂にかくれていたが見つかり、自ら命を絶った。

この時代に起きたこと

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