江戸で生まれ、まもなく仙台藩の足軽の家の養子となった。
アメリカに留学したが、だまされて働かされる身となる苦労をした。
日本に帰り、英語の力をいかして働いた。
特許局の初代の局長となり、日本の特許制度をつくった。
ペルーの銀山の事業にかかわったが、失敗した。
日本銀行に入った。
日露戦争の戦費を集めるため、ロンドンなどで外国からお金を借りることに成功した。
日本銀行の総裁となった。
原敬が亡くなったあと、首相となった。
大蔵大臣として、銀行がつぎつぎつぶれる金融恐慌をおさめた。
再び大蔵大臣となり、不景気からの立ち直りを進めた。
二・二六事件で、陸軍の青年将校たちにおそわれて命を落とした。
西園寺公望山本権兵衛寺内正毅犬養毅原敬尾崎行雄加藤高明加藤友三郎
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。