アメリカのマサチューセッツ州で生まれた。
アマースト大学を卒業した。のちにドイツで化学などを学び、博士となった。
母校のアマースト大学で化学や植物学を教えた。
南北戦争で北軍の将校として戦った。
マサチューセッツ農科大学の学長となった。
日本に招かれ、札幌農学校の教頭として、農業や科学、キリスト教の精神を教えた。
わずか8か月ほどで日本をはなれた。別れのときに「少年よ大志をいだけ」と言ったと伝わる。
このころ、アメリカで鉱山の事業などに取り組んだが、うまくいかなかった。
マサチューセッツ州で亡くなった。
松浦武四郎岩倉具視狩野芳崖高橋由一副島種臣西周由利公正大久保利通
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。