伊勢の須川村(三重県松阪市)で生まれた。
家を出て、全国を旅して回るようになった。
蝦夷地(北海道)に初めて渡った。その後、生涯で6回にわたり蝦夷地を調べた。
このころ、アイヌの人々の案内と協力を得て各地を歩き、その暮らしや言葉、地名を記録した。
幕府にやとわれ、蝦夷地の調査を行った。
蝦夷地の山や川、地名をくわしく記した地図をつくった。
明治政府の役人となり、蝦夷地の新しい名前として「北加伊道」を提案した。これがもとになって「北海道」と名づけられた。
アイヌの人々へのあつかいに抗議して、役人をやめた。
年をとっても旅を続け、奈良の大台ヶ原などに登った。
東京で亡くなった。
岩倉具視ウィリアム・S・クラーク狩野芳崖高橋由一副島種臣西周由利公正大久保利通
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。