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大久保利通

明治政府の政治家
時代:江戸末〜明治時代 / 1830年〜1878年(48歳ほど)

何をした人?
薩摩藩出身の政治家で、西郷隆盛・木戸孝允とともに「維新の三傑」と呼ばれます。倒幕と王政復古を進め、新政府では版籍奉還・廃藩置県・地租改正を推し進めました。岩倉使節団で欧米を見たあと内務卿となり、富岡製糸場などの殖産興業に力を入れましたが、1878年に東京の紀尾井坂で暗殺されました。

プロフィール

名前大久保利通
生没年1830年(文政13年) – 1878年(明治11年)
時代江戸末〜明治時代
出身地薩摩国鹿児島城下(現在の鹿児島市)
別名大久保一蔵、甲東
主な業績
  • 王政復古を進める(1867年)
  • 版籍奉還・廃藩置県・地租改正
  • 内務卿として殖産興業を進める
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歩んだ道

1830年

誕生

薩摩の鹿児島城下の加治屋町で、下級武士の家に生まれた。近所の西郷隆盛とは幼なじみだった。

1849年

お由羅騒動

藩のあとつぎ争いに父がまきこまれて島流しとなり、自分も役をとかれて貧しい暮らしを送った。

1862年

島津久光の側近

藩の実力者の島津久光に認められ、その側近として活躍した。

1866年

薩長同盟

西郷隆盛らとともに、長州藩と手を結ぶ薩長同盟を進めた。

1867年

王政復古

岩倉具視とともに王政復古の大号令を実現させ、新政府をつくった。

1871年

廃藩置県と岩倉使節団

廃藩置県を進めたあと、岩倉使節団の副使として欧米を見て回った。

1873年

内務卿

帰国して、朝鮮に使節を送る征韓論に反対し、西郷隆盛と対立した。内務卿となり、産業をおこす殖産興業を進めた。

1874年

清との交渉

台湾への出兵のあと、自ら北京に行って清と交渉した。

1877年

西南戦争

西郷隆盛がおこした西南戦争で、政府の側として戦争を指導した。内国勧業博覧会も開いた。

1878年

最期

東京の紀尾井坂で、不満をもつ士族たちにおそわれて命を落とした。

この時代に起きたこと

よくある質問

Q. 大久保利通は何をした人ですか?

A. 薩摩藩出身の政治家で、西郷隆盛・木戸孝允とともに「維新の三傑」と呼ばれます。倒幕と王政復古を進め、新政府では版籍奉還・廃藩置県・地租改正を推し進めました。岩倉使節団で欧米を見たあと内務卿となり、富岡製糸場などの殖産興業に力を入れましたが、1878年に東京の紀尾井坂で暗殺されました。

Q. 大久保利通はいつの時代の人ですか?

A. 江戸末〜明治時代の人物です。1830年(文政13年)に生まれ、1878年(明治11年)に亡くなりました。

Q. 大久保利通の出身地はどこですか?

A. 大久保利通は薩摩国鹿児島城下(現在の鹿児島市)の生まれです。

Q. 「維新の三傑」とはだれですか?

A. 明治維新に最も大きな役割を果たしたとされる、薩摩の西郷隆盛と大久保利通、長州の木戸孝允の3人です。3人とも1877年から1878年にかけて相次いで亡くなりました。

参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata

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