京都で、公家の家に生まれた。のちに岩倉家の養子となった。
孝明天皇の側近く仕えるようになった。
幕府が求めた通商条約の許しに反対し、公家たちとともに意見を申し出た。
朝廷と幕府の協力のため、和宮の将軍家への嫁入りを進めた。
幕府寄りだと攻撃され、京都の北の岩倉村で5年ほど引きこもって暮らした。
大久保利通らと手を結び、王政復古の大号令を実現させた。
右大臣となり、特命全権大使として使節団を率いて欧米を回った。
東京の赤坂で、征韓論に不満をもつ士族におそわれて傷を負った。
華族の出資をすすめ、民間の鉄道会社の設立を助けた。
病のため亡くなり、日本で初めての国葬が行われた。
松浦武四郎ウィリアム・S・クラーク狩野芳崖高橋由一副島種臣西周由利公正大久保利通
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。