摂津の御影村(神戸市)で、酒づくりの家に生まれた。
東京大学で学びながら、体を強くするために柔術を学んだ。
柔術を改めて「柔道」をつくり、東京の寺の一室で講道館を開いた。
東京高等師範学校の校長となり、長く教師の育成にあたった。
アジアで初めての国際オリンピック委員会(IOC)の委員となった。
ストックホルム大会で、日本の初めてのオリンピック参加を団長として率いた。
1940年のオリンピックを東京で開くことを決めさせた。
国際会議から帰る船の上で、病のため亡くなった。
小村寿太郎植木枝盛御木本幸吉坪内逍遥大山捨松内村鑑三田辺朔郎森鷗外
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。