日本史人生シミュレーター

大山捨松

女子教育・看護の支援者
時代:江戸末〜大正時代 / 1860年〜1919年(59歳ほど)
この人の一生をたどる(自動再生)

歩んだ道

1860年

誕生

会津藩の家老・山川家の娘として生まれた。

1868年

会津戦争

会津戦争で、家族とともに城にたてこもった。

1871年

アメリカへ留学

岩倉使節団とともにアメリカへ渡った。このとき、母が名を「捨松」と改めたと伝わる。

1882年

ヴァッサー大学を卒業

ヴァッサー大学を卒業し、日本人女性として初めて学位を得た。看護も学んで帰国した。

1883年

大山巌と結婚

陸軍の大山巌と結婚した。鹿鳴館で活躍し「鹿鳴館の華」とよばれた。

1884年

慈善バザー

日本で初めての慈善バザーを開き、看護婦を育てる学校の資金を集めた。

1900年

女子英学塾を支える

友人の津田梅子がつくった女子英学塾を支えた。

1919年

最期

流行していたスペインかぜのため亡くなった。

この時代に起きたこと

この人の一生をたどる(自動再生)

関係する人物

大山巌津田梅子高木兼寛

同じ時代の人物(明治)

植木枝盛御木本幸吉坪内逍遥嘉納治五郎内村鑑三田辺朔郎森鷗外新渡戸稲造

明治の人物一覧 ・ 時代別の人物一覧

教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。

人物一覧へ