美濃の太田(岐阜県美濃加茂市)で、尾張藩の役人の家に生まれた。
東京大学を卒業し、東京専門学校(のちの早稲田大学)で教え始めた。
『小説神髄』を書き、人の心をありのままにえがく写実主義を説いた。小説『当世書生気質』も書いた。
雑誌『早稲田文学』を創刊した。
島村抱月らと文芸協会をつくり、新しい演劇を始めた。
長年かけたシェークスピアの全作品の翻訳を完成させた。
静岡の熱海で亡くなった。
下田歌子小村寿太郎植木枝盛御木本幸吉嘉納治五郎大山捨松内村鑑三田辺朔郎
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。