石見の津和野藩(島根県津和野町)で、藩の医者の家の長男として生まれた。本名は林太郎。
父とともに東京に出た。
東京大学の医学部を若くして卒業し、陸軍の軍医となった。
ドイツに留学し、衛生学を学んだ。
ドイツでの体験をもとにした小説『舞姫』を発表した。
軍医として日露戦争に加わった。
陸軍の軍医の最高の地位である軍医総監となった。
乃木希典の死をきっかけに、歴史小説を書き始めた。
『山椒大夫』に続いて『高瀬舟』などを発表した。軍医の仕事をしりぞいた。
帝室博物館(今の東京国立博物館など)の総長となった。
東京で亡くなった。「石見の人、森林太郎として死にたい」と遺言したと伝わる。
嘉納治五郎大山捨松内村鑑三田辺朔郎新渡戸稲造岡倉天心津田梅子二葉亭四迷
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。