日本史人生シミュレーター

葛飾北斎

浮世絵師
時代:江戸時代 / 1760年〜1849年(89歳ほど)

何をした人?
江戸時代後期の浮世絵師です。江戸の本所に生まれ、勝川春章に入門して絵師となり、生涯で30回以上名前を変え、90回以上引っ越したと伝わります。70歳を過ぎて『富嶽三十六景』を出し、「神奈川沖浪裏」は世界で最も知られた日本の絵の一つです。『北斎漫画』はヨーロッパの画家にも影響を与えました。

プロフィール

名前葛飾北斎
生没年1760年(宝暦10年) – 1849年(嘉永2年)
時代江戸時代
出身地江戸本所割下水(現在の東京都墨田区)
別名勝川春朗、画狂老人卍
主な業績
  • 『富嶽三十六景』(「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」)
  • 『北斎漫画』
  • ゴッホやドビュッシーなど海外の芸術家に影響
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歩んだ道

1760年

誕生

江戸の本所(東京都墨田区)に生まれた。

1773年

版木彫りの修業

このころ、木版画の版木をほる職人のもとで修業した。

1778年

勝川春章の弟子に

浮世絵師の勝川春章に弟子入りし、春朗の名で役者絵などをえがき始めた。

1795年

さまざまな画風

このころ、勝川派をはなれ、狩野派や西洋の絵なども学んで独自の画風をさぐった。名前を何度も変え、引っ越しも非常に多かったと伝わる。

1814年

北斎漫画

絵の手本として、人や動物、風景などをえがいた『北斎漫画』の出版が始まった。のちに海外の画家にも影響をあたえた。

1817年

大だるまの絵

名古屋の寺の境内で、120畳の紙に大きなだるまの絵をえがき、人々をおどろかせた。

1831年

冨嶽三十六景

このころ、富士山をさまざまな場所からえがいた『冨嶽三十六景』を出した(年は諸説あり)。大波の向こうに富士山が見える「神奈川沖浪裏」は世界的に知られている。

1834年

画狂老人卍

『富嶽百景』を出し、「画狂老人卍」と名のった。百十歳まで生きれば本物の絵がかけるだろう、と書いている。

1845年

小布施の天井絵

このころ、信濃の小布施(長野県)をたずね、祭りの屋台の天井に大きな波の絵などをえがいた。

1849年

最期

江戸で亡くなった。「天があと5年命をくれたら、本当の絵かきになれたのに」と言い残したと伝わる。生涯に3万点以上の作品を残したといわれる。

この時代に起きたこと

よくある質問

Q. 葛飾北斎は何をした人ですか?

A. 江戸時代後期の浮世絵師です。江戸の本所に生まれ、勝川春章に入門して絵師となり、生涯で30回以上名前を変え、90回以上引っ越したと伝わります。70歳を過ぎて『富嶽三十六景』を出し、「神奈川沖浪裏」は世界で最も知られた日本の絵の一つです。『北斎漫画』はヨーロッパの画家にも影響を与えました。

Q. 葛飾北斎はいつの時代の人ですか?

A. 江戸時代の人物です。1760年(宝暦10年)に生まれ、1849年(嘉永2年)に亡くなりました。

Q. 葛飾北斎の出身地はどこですか?

A. 葛飾北斎は江戸本所割下水(現在の東京都墨田区)の生まれです。

Q. 「神奈川沖浪裏」はいつ描かれましたか?

A. 『富嶽三十六景』の一枚として、1831年ごろ(天保初め)に出版されたとされます。大波の向こうに小さな富士山を描いた構図で、海外では「The Great Wave」として知られます。

参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata

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