江戸の深川で、質屋の子として生まれた。
このころ、浮世絵師の北尾重政に学び、北尾政演の名で絵をかいた。
黄表紙『江戸生艶気樺焼』が大人気となり、人気作家となった。
寛政の改革で、作品が風紀を乱すとされ、手に鎖をかけられる罰を受けた。
このころ、江戸の京橋にたばこ入れなどを売る店を開いた。
このころ、長い物語の読本も書き、曲亭馬琴らに影響を与えた。
このころ、昔の風俗や品物を調べる研究に力を入れ、『骨董集』を書いた。
江戸で亡くなった。
良寛松平定信葛飾北斎華岡青洲小林一茶十返舎一九曲亭馬琴高田屋嘉兵衛
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。