江戸の深川で、旗本に仕える武士の家に生まれた。本名は滝沢興邦。
人気作家の山東京伝をたずね、弟子のような立場で文章を学んだ。
下駄屋の婿となり、商売をしながら作品を書き続けた。
源為朝の活躍をえがいた読本『椿説弓張月』を出した。葛飾北斎がさし絵をえがき、大人気となった。
『南総里見八犬伝』の出版が始まった。八つの玉を持つ八人の犬士が活躍する、壮大な物語である。
期待していた息子の宗伯が亡くなり、深く悲しんだ。
このころ目が見えなくなったが、息子の妻お路に文字を教え、口で語って書き取らせて執筆を続けた。
28年かけて『南総里見八犬伝』全98巻を書き上げた。
江戸で亡くなった。原稿料で暮らした日本最初の職業作家の一人ともいわれる。
華岡青洲山東京伝小林一茶十返舎一九高田屋嘉兵衛佐藤一斎平田篤胤調所広郷
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。