下総の銚子(千葉県)で生まれ、山口県などで育った。本名は哲夫。
東京専門学校(のちの早稲田大学)で学んだ。のちにキリスト教の洗礼を受けた。
大分県の佐伯で教師をつとめ、自然の中で過ごした。
日清戦争に新聞記者として加わり、弟にあてた手紙の形の記事で人気を得た。
東京の郊外の自然の美しさをえがいた『武蔵野』(当時の題は『今の武蔵野』)を発表した。
雑誌の編集者として、『婦人画報』を創刊した。
自分でつくった出版の会社がつぶれた。
結核のため、神奈川の茅ヶ崎で亡くなった。
横山大観秋山真之北村透谷志賀潔幸徳秋水樋口一葉島崎藤村田山花袋
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。