日本史人生シミュレーター

田山花袋

『蒲団』で知られる自然主義の小説家
時代:明治〜昭和時代 / 1872年〜1930年(58歳ほど)
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歩んだ道

1872年

館林に生まれる

今の群馬県館林市に、田山家の次男として生まれた。本名は録弥という。田山家は代々館林を治めた秋元家に仕える武士の家柄だった。のちに自然主義の代表的な作家となり、また日本各地を歩いた紀行文の名手としても知られることになる。

1877年

父を失う

父は東京で警察官となり、一家は東京に移り住んでいた。しかし西南戦争が起こると父は従軍し、九州の戦いで命を落とした。幼い録弥は家族とともに館林へ戻ることになった。父を早くに失ったことは、その後の一家の暮らしに大きな影を落とした。

1881年

東京で奉公する

足利で商家に奉公したのち、東京の京橋にある書店で住みこみの奉公をした。しかし理由は分からないが、翌年には館林へ帰ることになった。幼くして働きに出たこの経験は、のちに貧しさや人の暮らしを見つめる彼の小説にも生かされたと考えられている。

1884年

漢詩と和歌に親しむ

館林で兄が塾頭を務める漢学塾に通い、漢詩や漢文を学んだ。少年のうちに自分の漢詩集を編むほど熱中したという。また和歌や西洋の文学にも親しんだ。のちに長兄の田山実は歴史史料の編さんで知られる学者となり、花袋の小説の登場人物のモデルにもなった。

1890年

柳田國男と知り合う

兄にしたがって東京に出て、この年、のちに民俗学者として知られる柳田國男と知り合った。二人は文学を語り合う仲となり、生涯にわたって交流を続けた。東京での暮らしの中で、録弥は小説家として身を立てることを本気で目指すようになっていった。

1891年

尾崎紅葉に入門

人気作家の尾崎紅葉のもとに入門し、紅葉の指示で江見水蔭の指導を受けた。この年に初めての小説『瓜畑』を別の名で発表し、翌年から花袋と号した。はじめは紅葉らの硯友社の影響を受けた作品を書いていたが、まだ作家としての評価は得られなかった。

1896年

国木田独歩と島崎藤村

この年、国木田独歩や島崎藤村と知り合った。翌年には独歩や柳田國男らと詩集『抒情詩』を出し、花袋の詩四十編が収められた。藤村とは生涯の友となり、のちに二人は並んで自然主義を代表する作家とよばれることになる。仲間との交わりが彼の文学を大きく変えていった。

1899年

結婚と博文館勤め

この年に結婚し、知人の紹介で出版社の博文館に勤めて、原稿の誤りを正す校正の仕事で生計を立てた。生活が落ち着く中で、フランスの作家モーパッサンの影響を強く受け、人の姿をありのままに描く新しい文学を目指すようになった。

1902年

『重右衛門の最後』

書き下ろしの小説『重右衛門の最後』を発表し、作家としての力量を初めて世に認められた。山村を舞台に、村人から疎まれた男の姿を描いたこの作品には、モーパッサンの影響がはっきりと表れていた。三十歳を過ぎてようやくつかんだ手ごたえであった。

1904年

日露戦争に従軍

日露戦争が始まると、陸軍の第二軍に写真班の従軍記者として加わった。広島で軍医部長の森鴎外を訪ねて初めて会い、戦地でもたびたび顔を合わせた。花袋はかねて鴎外の評論を愛読していた。同じ年、ありのままに描くことを説く評論『露骨なる描写』も発表した。

1907年

『蒲団』の衝撃

雑誌に小説『蒲団』を発表した。中年の作家が若い女の弟子に抱く複雑な思いを描き、弟子に去られた男が彼女の使っていた夜具に顔をうずめて泣く場面は、読者や文壇に大きな衝撃を与えた。この作品は日本の自然主義文学に大きな影響を与えた。

1909年

『田舎教師』

『生』『妻』『縁』の長編三部作に続き、書き下ろしの長編小説『田舎教師』を刊行した。夢を抱きながら地方の小学校教師として若くして世を去った青年の一生を描いたこの作品で、島崎藤村と並ぶ自然主義の代表的な作家となった。

1918年

紀行文と温泉

大正に入ると自然主義は衰え、新しい作家たちが登場して、花袋はしだいに文壇の主流から外れていった。それでも小説を書き続け、日本各地を旅した紀行文でも名を残した。全国の温泉をめぐって温泉に関する本を数多く著し、この年には『温泉めぐり』を出した。

1930年

晩年と死

晩年は宗教に心を寄せ、精神的な作品を多く残した。脳の病で入院し、のどの病気も患って病状が悪化した。見舞いに来た島崎藤村に、死を前にした複雑な思いを語ったという。その後、東京の自宅で亡くなった。戒名は藤村が選び、墓は多磨霊園にある。

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