江戸の芝で、根付をつくる職人の子として生まれた。本名は徳太郎。
山田美妙らと文学の仲間・硯友社をつくり、雑誌『我楽多文庫』を出した。
『二人比丘尼色懺悔』で認められ、読売新聞社に入った。
『多情多恨』を発表した。
新聞に『金色夜叉』の連載を始め、大評判となった。
このころ、泉鏡花や徳田秋声など、多くの弟子を育てた。
『金色夜叉』を書き終えないまま、病のため亡くなった。
夏目漱石正岡子規豊田佐吉幸田露伴横山大観秋山真之北村透谷志賀潔
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。