沖縄本島南部の佐敷の按司(地方の首長)・思紹の子として生まれた。当時の沖縄は、北山・中山・南山の三つの勢力が争う三山時代だった。
このころ父から佐敷の按司をゆずられたとされる(年は諸説あり)。小柄ながら力が強く、人望があったと伝わる。鉄を手に入れて農具を作り、人々に配ったという話も残る。
中山の王・武寧を倒し、父の思紹を中山の王にした。首里を都とし、明との貿易にも力を入れた。
北部の北山の王を攻め、今帰仁城を落としてほろぼした(年は諸説あり)。
父が亡くなり、尚巴志が中山の王となった。明の皇帝から「尚」の姓を与えられたとされる。首里城を整え、まわりに庭園や池を作った。
南部の南山をほろぼし、沖縄本島を一つにまとめた。琉球王国の成立である。
明・日本・朝鮮・東南アジアを結ぶ中継貿易で、琉球は大いに栄えた。那覇の港には各地の船や品物が集まった。
首里で亡くなった。尚巴志が築いた王朝は、のちに別の王統に代わったが、琉球王国そのものは約450年続いた。
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。