日本史人生シミュレーター

足利義教

室町幕府第6代将軍
時代:室町時代 / 1394年〜1441年(47歳ほど)
この人の一生をたどる(自動再生)

歩んだ道

1394年

誕生

3代将軍・足利義満の子として生まれた。兄の義持が将軍を継いだため、幼くして寺に入ることになった。

1403年

僧として

このころ京都の青蓮院に入り、義円という名の僧となった(年は諸説あり)。学問にはげみ、のちに天台宗の最高の位・天台座主にまでなった。

1428年

くじ引き将軍

兄の義持が跡継ぎを決めないまま亡くなった。重臣たちは石清水八幡宮でくじを引いて次の将軍を決め、義円が選ばれた。同じ年、近江の馬借をきっかけに正長の土一揆が起き、農民たちが借金の帳消しを求めた。

1429年

将軍に

僧をやめて名を改め、6代将軍となった。将軍の力が弱まっていたため、自ら裁判に関わるなど、将軍中心の強い政治をめざした。

1432年

日明貿易の再開

兄が中止していた明との勘合貿易を再開し、幕府の財政を立て直した。

1435年

延暦寺との対立

幕府に逆らう比叡山延暦寺を厳しく攻めた。追いつめられた僧たちは根本中堂に火を放って抗議した。

1438年

永享の乱

幕府に従わない鎌倉公方の足利持氏を攻めた(永享の乱)。翌年、持氏は自ら命を絶った。

1440年

恐怖の政治

結城合戦で持氏の残党をしずめた。気に入らない守護大名や公家を次々に処罰し、領地を取り上げた。皇族の日記には「万人恐怖」と書かれた。

1441年

最期

守護大名の赤松満祐は、自分も領地を取り上げられると恐れた。勝利の祝いとして満祐の屋敷に招かれた義教は、猿楽を見ている最中に討たれ、命を落とした(嘉吉の変)。将軍の権威は大きく揺らいだ。

この時代に起きたこと

この人の一生をたどる(自動再生)

関係する人物

足利義満世阿弥日親足利義政足利義視赤松満祐足利持氏満済

同じ時代の人物(室町)

尚巴志満済赤松満祐足利義持一休宗純足利持氏一条兼良山名宗全

室町の人物一覧 ・ 時代別の人物一覧

教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。

人物一覧へ