信濃の飯田(長野県)で、武士の家に生まれた。
東京美術学校に入り、岡倉天心らに学んだ。
天心や横山大観とともに日本美術院に加わった。
このころ、大観とともに線をおさえた新しい画法に取り組み、「朦朧体」と批判された。
大観とともにアメリカやヨーロッパを回った。
茨城の五浦に移り、絵の研究を続けた。
目の病気に苦しみながらも『落葉』をえがき、高く評価された。
『黒き猫』をえがいた。
病のため、若くして亡くなった。
樋口一葉島崎藤村田山花袋秦佐八郎野口英世与謝野晶子滝廉太郎石川啄木
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。