日本史人生シミュレーター

岡倉天心

美術指導者・思想家
時代:江戸末〜大正時代 / 1863年〜1913年(50歳ほど)
この人の一生をたどる(自動再生)

歩んだ道

1863年

誕生

横浜で、福井藩の商人の子として生まれた。本名は覚三。

1880年

文部省へ

東京大学を卒業し、文部省に入った。

1884年

夢殿の観音

フェノロサとともに古い寺の宝を調べ、法隆寺の夢殿で長く秘仏とされていた観音像の扉を開けた。

1890年

東京美術学校

東京美術学校(今の東京藝術大学)の校長となり、日本の美術を育てた。

1898年

日本美術院

学校を追われ、横山大観や菱田春草らと日本美術院をつくった。

1903年

東洋の理想

英語で『東洋の理想』を書き、「アジアは一つ」と説いた。

1904年

ボストン美術館

アメリカのボストン美術館で、中国と日本の美術品の部門を任された。

1906年

茶の本

英語で『茶の本』を出し、茶の湯を通して日本の心を世界に伝えた。茨城の五浦に拠点を移した。

1913年

最期

新潟の赤倉の山荘で病のため亡くなった。

この時代に起きたこと

この人の一生をたどる(自動再生)

関係する人物

フェノロサ横山大観菱田春草

同じ時代の人物(明治)

内村鑑三田辺朔郎森鷗外新渡戸稲造津田梅子二葉亭四迷川上音二郎黒田清輝

明治の人物一覧 ・ 時代別の人物一覧

教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。

人物一覧へ