明(中国)の福建で生まれた。
故郷の近くの黄檗山万福寺で出家した。
黄檗山万福寺の住職となり、すぐれた禅僧として名を知られた。
長崎の中国人の寺にまねかれ、弟子たちとともに日本に来た。
江戸で四代将軍・徳川家綱に会った。
幕府から土地をあたえられ、京都の宇治に黄檗山萬福寺を開き、黄檗宗を広めた。
このころ、明の書や建築、普茶料理などの文化も伝えた。いんげん豆は隠元が伝えたという説がある。
天皇から国師の号を受けたのち、萬福寺で亡くなった。
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。