日本史人生シミュレーター

尾形光琳

画家・工芸家(琳派)
時代:江戸時代 / 1658年〜1716年(58歳ほど)
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歩んだ道

1658年

誕生

京都の大きな呉服商・雁金屋の次男として生まれた。弟はのちに陶工となる尾形乾山である。

1687年

遺産と遊び

父が亡くなり大きな財産を受けついだが、ぜいたくな遊びで使いはたしたといわれる。

1690年

絵の道へ

このころ、本格的に絵を学び始めた。狩野派を学び、とくに俵屋宗達の作品に強くひかれた。

1699年

乾山との合作

弟の乾山が京都の鳴滝に窯を開いた。光琳が絵をつけ、乾山が焼いた焼き物が作られた。

1701年

法橋と燕子花図

絵師として「法橋」の位をあたえられた。このころ、金地にかきつばたの花をくり返しえがいた「燕子花図屏風」をえがいたとされる。国宝となっている。

1704年

江戸へ

仕事を求めて江戸に下り、大名家などのために絵をえがいた。

1709年

京都にもどる

京都にもどり、新しい屋敷をかまえて制作を続けた。

1712年

紅白梅図屏風

このころ、川をはさんで紅白の梅をえがいた「紅白梅図屏風」をえがいたとされる(年は諸説あり)。光琳の晩年の傑作で、国宝となっている。

1716年

最期

京都で亡くなった。宗達から光琳へと受けつがれた装飾的な画風は、光琳の名をとって「琳派」とよばれる。

この時代に起きたこと

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同じ時代の人物(江戸)

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