何をした人?
江戸時代前期の俳人で、俳諧を芸術の域まで高めた人物です。伊賀に生まれ、江戸で俳諧の師匠となり、深川の芭蕉庵に住みました。各地を旅して紀行文を書き、1689年に東北・北陸をめぐった旅を『おくのほそ道』にまとめました。「古池や蛙飛びこむ水の音」の句で知られます。
| 名前 | 松尾芭蕉 |
|---|---|
| 生没年 | 1644年(寛永21年(正保元年)) – 1694年(元禄7年) |
| 時代 | 江戸時代 |
| 出身地 | 伊賀国(現在の三重県伊賀市) |
| 別名 | 松尾宗房、桃青 |
| 主な業績 |
|
伊賀上野(三重県)で、武士に近い身分の農家に生まれた。
このころ、藤堂家の若殿・藤堂良忠に仕え、良忠とともに俳諧を学んだ。
良忠が若くして亡くなり、芭蕉は深く悲しんだ。その後、故郷で俳諧を続けた。
句集『貝おほひ』を故郷の神社に奉納し、江戸に出た。俳諧の師匠として名を上げていった。
江戸の中心をはなれ、深川の草庵に移った。弟子が植えた芭蕉の木にちなみ、「芭蕉」と名のるようになった。
故郷へ向かう旅に出て、紀行文『野ざらし紀行』を書いた。旅の中で句をよむ生き方が始まった。
「古池や 蛙飛びこむ 水の音」の句をよんだ。静けさの中の小さな音をとらえたこの句で、俳諧は深い芸術になったといわれる。
弟子の曾良とともに江戸を出て、東北・北陸をめぐる長い旅に出た。この旅をもとに紀行文『おくのほそ道』を書いた。
京都・近江で過ごし、弟子たちと句集『猿蓑』をまとめた。日常の中に深い味わいを見出す「軽み」を大切にするようになった。
旅の途中、大坂で病にたおれた。「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る」の句を残して亡くなった。
A. 江戸時代前期の俳人で、俳諧を芸術の域まで高めた人物です。伊賀に生まれ、江戸で俳諧の師匠となり、深川の芭蕉庵に住みました。各地を旅して紀行文を書き、1689年に東北・北陸をめぐった旅を『おくのほそ道』にまとめました。「古池や蛙飛びこむ水の音」の句で知られます。
A. 江戸時代の人物です。1644年(寛永21年(正保元年))に生まれ、1694年(元禄7年)に亡くなりました。
A. 松尾芭蕉は伊賀国(現在の三重県伊賀市)の生まれです。
A. 1689年に弟子の河合曾良と江戸を出て、東北・北陸をめぐり大垣に至った約150日の旅を、俳句をまじえて書いた紀行文です。「夏草や兵どもが夢の跡」などの句が収められています。
参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata
この人の一生をたどる(自動再生)契沖徳川家綱井原西鶴関孝和徳川綱吉近松門左衛門新井白石尾形光琳
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。