宮城県の古川(大崎市)で、綿屋の家に生まれた。
東京帝国大学の法科を卒業した。キリスト教の信者でもあった。
中国に渡り、袁世凱の長男の家庭教師などをつとめた。
ヨーロッパやアメリカに留学し、政治を学んだ。
東京帝国大学の教授となった。
雑誌『中央公論』に論文を書き、国民のための政治を行うべきだという「民本主義」を説いた。大正デモクラシーを支えた。
学者たちと黎明会をつくり、新しい考えを広めた。
大学をやめて新聞社に入ったが、記事が問題とされてまもなくやめた。明治時代の文化の研究にも力を注いだ。
亡くなった。
美濃部達吉鈴木梅太郎柳田国男上村松園有島武郎永井荷風河上肇野口雨情
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。