日本史人生シミュレーター

佐々木道誉

守護大名(バサラ大名)
時代:鎌倉末〜室町時代 / 1296年〜1373年(77歳ほど)
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歩んだ道

1296年

誕生

近江(滋賀県)の名門・佐々木氏の一族、京極家に生まれた。名は高氏。

1326年

出家

鎌倉幕府に仕え、執権・北条高時が出家したとき、ともに出家して道誉と名のった。

1332年

隠岐への護送

流される後醍醐天皇を隠岐へ送る役目についたと『太平記』は伝える。

1333年

尊氏の味方に

足利尊氏が幕府に背くと、これに味方した。以後、尊氏の重臣として各地で戦い、近江などの守護となった。時勢を見て敵味方を変える、したたかな武将でもあった。

1340年

バサラ

派手で常識にとらわれない「バサラ」のふるまいで知られた。家来が門跡寺院の枝を折ったことから争いになり、妙法院を焼いてしまい、一時流罪となった。

1356年

文化人として

連歌・茶・香・生け花などに通じた教養人だった。連歌集『菟玖波集』にも道誉の句が多くおさめられた。

1361年

敵をもてなす

南朝軍が京都に攻めこみ、幕府方は都を離れた。道誉は自分の屋敷を美しく飾り、酒や料理を用意して去った。屋敷に入った南朝の楠木正儀はその心づかいに感心し、のちに京都を去るとき、お返しをして屋敷を焼かなかったと『太平記』は伝える。

1366年

大原野の花見

京都の大原野で、桜の木々を飾り立てた豪華な花見を開いた。対立していた管領・斯波高経の催しに対抗したものだったという。

1367年

頼之を推す

斯波氏を退けたあと、細川頼之を管領とすることを支え、幼い義満の時代の幕府を安定させる役割を果たした。

1373年

最期

近江で亡くなった。乱世をたくみに生き抜き、自由で華やかな南北朝時代の文化を象徴する人物となった。

この時代に起きたこと

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関係する人物

細川頼之二条良基後醍醐天皇足利尊氏

同じ時代の人物(室町)

赤松円心(則村)後醍醐天皇北畠親房楠木正成高師直新田義貞足利尊氏足利直義

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