日本史人生シミュレーター

細川勝元

管領(応仁の乱の東軍)
時代:室町時代 / 1430年〜1473年(43歳ほど)
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歩んだ道

1430年

誕生

将軍を助ける管領をつとめる細川家の、細川持之の子として生まれた。

1442年

家を継ぐ

嘉吉の変の翌年、父が亡くなり、少年で細川家を継いだ。一族や家臣たちが幼い当主を支えた。

1445年

若き管領

10代半ばで管領となった。その後も3度、長く管領をつとめ、幕府の政治の中心に立った。

1447年

山名氏との縁

このころ、有力な守護大名・山名宗全の養女と結婚し、手を組んだ。二人は協力して、赤松氏や畠山氏の問題に当たった。

1450年

龍安寺

京都に禅寺の龍安寺を建てた。今に残る石庭は、のちの時代に作られたものと考えられている。勝元は和歌や絵、医学にもくわしい教養人だった。

1458年

対立の始まり

嘉吉の変でほろぼされた赤松氏の再興を助けた。赤松氏の旧領を得ていた宗全はこれに反発し、二人の仲は悪くなっていった。

1466年

政元の誕生

跡継ぎとなる政元が生まれた。

1467年

応仁の乱

将軍家や畠山氏の跡継ぎ争いをめぐり、宗全との対立が決定的になった。勝元は東軍の総大将として、将軍のいる花の御所を押さえた。両軍あわせて20万をこえる兵が京都に集まったといわれる。

1473年

最期

戦いが長引く中、この年に宗全が亡くなり、勝元も2か月ほど後に病で亡くなった。40代前半だった。二人の死後も戦いはしばらく続いた。

この時代に起きたこと

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