日本史人生シミュレーター

太田道灌

武将(江戸城を築いた)
時代:室町時代 / 1432年〜1486年(54歳ほど)
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歩んだ道

1432年

誕生

関東の扇谷上杉家の家宰(家の政治をまとめる重臣)太田資清の子として生まれた。名は資長。幼いころから学問にすぐれ、鎌倉の寺で学んだと伝わる。

1454年

享徳の乱

鎌倉公方と関東管領の上杉氏が争う享徳の乱が始まった。関東は約30年にわたる戦乱の時代に入り、若い資長も父とともに戦いに加わった。

1457年

江戸城

武蔵の江戸に城を築いた。海と川に面した守りやすく交通の便のよい場所で、のちに徳川家康が本拠とし、今の東京の中心となった。

1474年

歌人として

江戸城で歌合を開いた。武将でありながら和歌にすぐれ、京都の文化人とも交流した。

1476年

長尾景春の乱

主家の山内上杉家の家臣・長尾景春が反乱を起こした。道灌は関東各地を駆けめぐって30回以上の戦いに勝ち、乱をしずめた。足軽を使った新しい戦い方も取り入れたとされる。

1477年

江古田原の戦い

景春に味方した豊島氏を江古田原の戦いで破った。今の東京の多くの地域が道灌の支配下に入った。

1478年

山吹の里

このころ、雨具を借りようとした農家の娘から山吹の花を差し出され、その意味(古い和歌)が分からなかったことを恥じて和歌を学んだ、という話が伝わる(江戸時代に広まった伝説)。

1486年

最期

道灌の名声が高まるのをおそれた主君・上杉定正に、相模の糟屋の館にまねかれ、風呂から出たところを討たれ命を落とした。「当方滅亡(扇谷家は滅びる)」と叫んだと伝わる。その言葉どおり、扇谷上杉家はやがて力を失った。

この時代に起きたこと

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関係する人物

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