日本史人生シミュレーター

山名宗全

守護大名(応仁の乱の西軍)
時代:室町時代 / 1404年〜1473年(69歳ほど)
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歩んだ道

1404年

誕生

山陰地方などに勢力をもつ守護大名・山名時熙の子として生まれた。名は持豊。

1433年

家を継ぐ

父のあとを継いで山名家の当主となり、但馬・備後などの守護となった。山名氏は明徳の乱で一度勢いを失っていた。

1441年

赤松氏を討つ

将軍・足利義教を殺した赤松満祐を討ち、その手柄で播磨などを得た。山名氏は再び大きな力をもつようになった。

1450年

出家

出家して宗全と名のった。顔が赤く、激しい性格から「赤入道」と呼ばれたと伝わる。

1454年

将軍と対立

赤松氏の家臣をかくまったことなどから将軍・義政の怒りを買い、隠居を命じられて但馬に下った。しかし数年後には京都の政治に戻った。

1467年

応仁の乱

細川勝元との対立が深まり、西軍の総大将として京都で戦った。宗全が陣をしいた場所は「西陣」と呼ばれ、のちに西陣織の名のもとになった。

1472年

和平を望む

戦いが長引き、年老いた宗全は和平を望むようになったといわれる。自ら命を絶とうとして止められた、という記録も残る。

1473年

最期

戦乱が終わらないまま、京都の陣中で病のため亡くなった。2か月ほど後には勝元も亡くなった。

この時代に起きたこと

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