何をした人?
江戸時代の国学者です。伊勢松阪の商家に生まれ、京都で医学を学んだのち、松阪で医者をしながら日本の古典を研究しました。賀茂真淵に教えを受け、約35年かけて『古事記』の注釈書『古事記伝』を完成させました。『源氏物語』の本質を「もののあはれ」と説いたことでも知られます。
| 名前 | 本居宣長 |
|---|---|
| 生没年 | 1730年(享保15年) – 1801年(享和元年) |
| 時代 | 江戸時代 |
| 出身地 | 伊勢国松阪(現在の三重県松阪市) |
| 別名 | 鈴屋(すずのや) |
| 主な業績 |
|
伊勢の松阪(三重県)の木綿商人・小津家に生まれた。
商人には向かないと考えた母のすすめで、京都に出て医学を学んだ。儒学者の堀景山のもとで学び、古典研究にも関心をもった。
松阪にもどり、医者を開業した。昼は医者として働き、夜は古典の研究を続けた。
旅の途中の国学者・賀茂真淵と松阪の宿で一度だけ会い、『古事記』の研究をすすめられた。この出会いが宣長の一生を決めた。
このころ『源氏物語』を研究し、物語の心は「もののあはれ」(しみじみとした心の動き)にあると説いた。
『古事記』の注釈書『古事記伝』を書き始めた。日本古来の心を、外国の考えにとらわれずに明らかにしようとした。
紀州藩に学者としてまねかれた。自宅の「鈴屋」には全国から多くの弟子が集まった。
35年かけて『古事記伝』全44巻を書き上げた。国学を大成した仕事とされる。
松阪で亡くなった。自分の墓の形や葬式のしかたまでくわしく書いた遺言を残した。
A. 江戸時代の国学者です。伊勢松阪の商家に生まれ、京都で医学を学んだのち、松阪で医者をしながら日本の古典を研究しました。賀茂真淵に教えを受け、約35年かけて『古事記』の注釈書『古事記伝』を完成させました。『源氏物語』の本質を「もののあはれ」と説いたことでも知られます。
A. 江戸時代の人物です。1730年(享保15年)に生まれ、1801年(享和元年)に亡くなりました。
A. 本居宣長は伊勢国松阪(現在の三重県松阪市)の生まれです。
A. 儒教や仏教が伝わる前の日本人の考え方を、『古事記』『万葉集』などの古典から明らかにしようとした学問です。荷田春満・賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤が代表的な学者とされます。
参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata
この人の一生をたどる(自動再生)前野良沢池大雅鈴木春信平賀源内杉田玄白円山応挙上田秋成林子平
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。