日本史人生シミュレーター

杉田玄白

医者・蘭学者
時代:江戸時代 / 1733年〜1817年(84歳ほど)

何をした人?
江戸時代の医者・蘭学者です。小浜藩の医者の家に生まれ、1771年に前野良沢らと罪人の解剖を見て、オランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』の正確さに驚きました。辞書もないなか翻訳に取り組み、1774年に『解体新書』を出版しました。晩年にはその苦労を『蘭学事始』に書き残しました。

プロフィール

名前杉田玄白
生没年1733年(享保18年) – 1817年(文化14年)
時代江戸時代
出身地江戸牛込の小浜藩邸(現在の東京都新宿区)
別名鷧斎、九幸翁
主な業績
  • 前野良沢らと『解体新書』を出版(1774年)
  • 蘭学を広め、多くの弟子を育てる
  • 『蘭学事始』を著す(1815年)
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歩んだ道

1733年

誕生

若狭の小浜藩(福井県)の医者の子として、江戸の藩の屋敷で生まれた。

1752年

医学を学ぶ

このころ、オランダ流の外科を学び始めた。中国の医学書の人体の図に疑問をもつようになった。

1771年

腑分けを見る

前野良沢・中川淳庵らと江戸の小塚原で解剖(腑分け)を見学した。オランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』の図が正確なことにおどろいた。

1771年

翻訳を始める

すぐに仲間と翻訳を始めた。辞書もほとんどなく、一つの言葉の意味を考えるのに一日かかることもあったと伝わる。

1774年

解体新書

苦労の末に『解体新書』を出版した。日本で初めての本格的な西洋医学の翻訳書となり、蘭学が広まるきっかけとなった。

1776年

天真楼

このころ、自宅に医学塾「天真楼」を開き、大槻玄沢など多くの弟子を育てた。

1815年

蘭学事始

晩年に、解体新書の翻訳の苦労を思い出して『蘭学事始』を書いた。

1817年

最期

江戸で亡くなった。80代の長寿だった。

この時代に起きたこと

よくある質問

Q. 杉田玄白は何をした人ですか?

A. 江戸時代の医者・蘭学者です。小浜藩の医者の家に生まれ、1771年に前野良沢らと罪人の解剖を見て、オランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』の正確さに驚きました。辞書もないなか翻訳に取り組み、1774年に『解体新書』を出版しました。晩年にはその苦労を『蘭学事始』に書き残しました。

Q. 杉田玄白はいつの時代の人ですか?

A. 江戸時代の人物です。1733年(享保18年)に生まれ、1817年(文化14年)に亡くなりました。

Q. 杉田玄白の出身地はどこですか?

A. 杉田玄白は江戸牛込の小浜藩邸(現在の東京都新宿区)の生まれです。

Q. 『解体新書』とは何ですか?

A. オランダ語の解剖書を日本語に訳した本で、1774年に出版されました。「神経」などの訳語もこのとき作られ、日本の医学と蘭学が大きく進むきっかけになりました。

参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata

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