江戸で、備後の福山藩主・阿部家に生まれた。
福山藩主となった。
寺社奉行となり、幕府の仕事で力を見せた。
20代の若さで老中となり、のちに老中の筆頭となった。
ペリーが来航すると、大名や幕臣、さらに町人にまで意見を求めた。それまでにない方法だった。
アメリカと日米和親条約を結び、下田と箱館を開いた。
長崎海軍伝習所や講武所、洋学を学ぶ機関をつくり、勝海舟らの人材を取り立てた(安政の改革)。
老中のまま、病のために江戸で亡くなった。
ペリー調所広郷高島秋帆徳川斉昭川路聖謨堀田正睦勝海舟岩瀬忠震
鍋島直正(閑叟)吉田東洋島津久光岩瀬忠震勝海舟大村益次郎ジョン万次郎楠本イネ
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。