日本史人生シミュレーター

島津久光

幕末の薩摩藩を率いた藩主の父
時代:江戸末〜明治時代 / 1817年〜1887年(70歳ほど)
この人の一生をたどる(自動再生)

歩んだ道

1817年

鹿児島城に生まれる

薩摩藩主の島津斉興の五男として鹿児島城で生まれた。母は側室のお由羅の方である。母の身分が低かったため、生まれてまもなく重臣の種子島家の養子とされたが、藩主の子としての扱いは受けた。腹違いの兄には、のちに名君とたたえられる島津斉彬がいた。

1825年

重富島津家に入る

島津本家に戻ったのち、一門の筆頭である重富島津家の娘と結婚し、その家の婿養子となって鹿児島城下の屋敷に移った。のちに元服して忠教と名乗った。学問を好み、国学や和歌、歴史に親しんだと伝わる。若き日の教養は、のちの政治にも保守的な色合いを与えた。

1851年

お由羅騒動

父の跡継ぎをめぐり、兄の斉彬を推す一派と忠教を推す一派が激しく争い、お由羅騒動とよばれるお家騒動となった。幕府の介入で父が隠居し、斉彬が藩主となった。忠教自身は反斉彬派にかつがれた面が強く、兄弟の仲はむしろよく、斉彬は弟の才能を認めていたといわれる。

1859年

藩の実権をにぎる

前年に兄の斉彬が亡くなり、その遺言で忠教の長男の茂久(のちの忠義)が藩主となった。後見していた父の斉興もこの年に亡くなると、藩主の実父として藩の実権をにぎった。大久保利通ら中下級の藩士の集まりである精忠組の中心人物を取り立て、力を広げていった。

1862年

兵を率いて京へ

朝廷と幕府と有力な藩が手を結ぶ公武合体を進めるため、兵を率いて京都に上った。これは亡き兄斉彬の志を継ぐものとされた。京都では、伏見の寺田屋に集まって過激な行動をくわだてた自藩の尊王攘夷派の藩士たちを鎮めるよう命じ、悲劇的な争いの末に多くの命が失われた。これが寺田屋事件である。

1862年

江戸で幕政改革を迫る

朝廷の使者に付き従って江戸へ下り、幕府の重臣と交渉した。その結果、一橋慶喜を将軍の後見役に、前福井藩主の松平春嶽を政事総裁職に就かせることに成功した。これは文久の改革とよばれる。藩主ではなく、位もない藩主の父が幕政を動かしたことは、当時の人々を驚かせた。

1862年

生麦事件

江戸から京都へ帰る途中、武蔵国の生麦村で、行列の前を横切ったイギリス人の一行に対し、付き従っていた薩摩藩士が斬りつけ、死傷者が出た。これが生麦事件である。当時の武士の作法では行列を乱すことは許されなかったが、この事件はイギリスとの深刻な外交問題に発展した。

1863年

薩英戦争

生麦事件の賠償などを求めたイギリスの艦隊が鹿児島湾に来て、薩摩藩との間で砲撃戦となった。これが薩英戦争である。城下は大きな被害を受けたが、イギリス側にも損害が出た。西洋の軍事力を思い知った薩摩藩は、その後かえってイギリスに近づき、軍備の近代化を進めていった。

1864年

参預会議に加わる

久光の提案で、有力な大名を朝廷の会議に加える参預会議が設けられ、一橋慶喜、松平春嶽、山内容堂、伊達宗城、松平容保らとともに久光も参預に任じられた。しかし横浜の港を閉ざすかどうかをめぐって慶喜と激しく対立し、会議はまもなく崩れてしまった。

1867年

四侯会議と倒幕への転換

京都で松平春嶽、山内容堂、伊達宗城とともに四侯会議を開き、兵庫の港を開くことや長州藩の処分をめぐって将軍慶喜と話し合ったが、慶喜に主導権を握られて失敗した。幕府と協力する道に見切りをつけた薩摩藩は、倒幕へと大きくかじを切っていった。

1871年

廃藩置県に花火で抗議

西郷隆盛や大久保利通らの主導で廃藩置県が断行されると、久光は激しく怒り、抗議の気持ちを込めて自分の屋敷の庭で一晩中花火を打ち上げさせた。旧大名の中で、廃藩置県にこれほどあからさまに反感を示したのは久光だけであった。新政府の急な改革に、久光は強い不満を抱き続けた。

1874年

左大臣となる

政府は久光をなだめるため、内閣顧問を経て、太政官の高い地位である左大臣に任じた。しかし久光は、髪型や服装を西洋風に改める政策などに反対し、昔ながらの制度に戻すよう求め続けて政府と対立した。翌年には左大臣を辞め、まもなく鹿児島に帰って政治から身を引いた。

1877年

西南戦争で中立を保つ

西郷隆盛らが兵を挙げて西南戦争が始まると、政府は久光の動きを心配して使者を送った。久光は中立を守ることを表明し、息子たちを京都に送った。戦火を避けるため桜島に一時避難したという。久光は生涯まげを切らず、刀を差し和服を着る暮らしを改めなかった。

1887年

鹿児島で亡くなる

晩年は鹿児島で島津家に伝わる史料を集め、歴史書の編さんに打ち込んだ。政府は最高の位や公爵を与えて手厚く扱った。鹿児島の玉里の屋敷で亡くなり、国葬で送られた。最後まで西郷と大久保にだまされたと言い続けたと伝わり、維新に複雑な思いを抱き続けた生涯であった。

この時代に起きたこと

この人の一生をたどる(自動再生)

関係する人物

島津斉彬西郷隆盛松平容保大久保利通松平春嶽(慶永)小松帯刀(清廉)松方正義三条実美

同じ時代の人物(江戸)

佐久間象山井伊直弼鍋島直正(閑叟)吉田東洋岩瀬忠震阿部正弘勝海舟大村益次郎

江戸の人物一覧 ・ 時代別の人物一覧

教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。

人物一覧へ