近江の日野(滋賀県)の蒲生賢秀の子として生まれた。
父が織田信長に従ったため、人質として信長のもとに送られた。信長はその才能を見ぬき、翌年、娘の冬姫と結婚させた。
本能寺の変のとき、安土城にいた信長の家族を日野城にむかえて守った。
豊臣秀吉に仕え、伊勢の松ヶ島をあたえられた。のちに松坂に城を築いて城下町をつくり、近江の商人をまねいて商業をさかんにした。
高山右近のすすめでキリスト教の洗礼を受け、レオンという名を得た。千利休の弟子としても知られた。
秀吉の東北平定のあと、会津に移され、伊達政宗を見張る役をまかされた。城下の黒川を「若松」と改め、町を整えた。
陸奥で起きた九戸政実の乱をしずめるために出陣した。のちに領地は90万石をこえる大きさとなった。
京都で病気のため若くして亡くなった。「限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風」という辞世の歌が伝わる。
高山右近毛利輝元堀秀政角倉了以藤堂高虎上杉景勝織田信忠片倉景綱
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。